“括って染める”久留米で受け継がれる絣(かすり)の技
福岡県南部に位置する広川町。フルーツなどの農業が盛んな自然豊かなこの土地に、国指定の伝統工芸品「久留米絣(くるめかすり)」の製造に挑み続ける工房があります。
坂田織物は、1948年の創業以来、この地で3代にわたって技術と向き合い、多くの織物や衣服を生み出してきました。かつては呉服のお店へ反物を卸す織元だったそうですが、バブル期以降は伝統技術を活かしたオリジナルの洋服や雑貨の企画から製造、販売までを一貫して行うようになりました。
江戸時代から長きにわたって受け継がれてきた、繊細に模様がかすれて見える絣(かすり)の技法。世界的にはインドが発祥の技法とされていますが、日本では久留米藩に暮らす一人の少女がこの手法を思いつき、また、お弟子さんへ惜しみなく技術を伝えたことで、絣はこの地で脈々と受け継がれて来ました。
久留米絣で作られた服は、なんといっても着心地に優れています。木綿の爽やかな通気性と柔らかな肌触りが心地よく、着るほどに体に馴染む風合いが特徴です。
絣の製作工程はおよそ30にも分けられ、各段階ではそれぞれの工程で職人による技術が用いられ、完成までに約2か月かかるそうです。
特に重要な工程の一つである「括り」の工程では、いわゆる中量生産が可能な機械が使われ、緻密に糸が括られていく様子を間近で見ることができました。
この作業所自体は、近隣の生産者と共同で使用しているそうですが、括りに特化した特殊な機械のため、この産業には欠かせない存在です。
しかし近年では老朽化や故障のリスクが懸念されており、皆で対応策を模索しているとのこと。道具があってこそ成り立つものづくり、伝統工芸を存続させる重みを改めて実感させられました。
続いて案内いただいたのは、織りや染めを行っている工房。100年前に作られた古いシャトル織機が所狭しと並べられ、会話ができないほど大きな音を鳴らしながら一斉に動いているのが印象的でした。
これらの織機は現在では製造されておらず、不具合が起きると修理も手探りで大変だそうです。しかし、完成した生地の柔らかさや心地よい肌触りの服は、この古い織機でなければ生み出せないとのこと。
歴史を感じるこの工房に惹かれて働きたいと感じた従業員もおり、商品だけでなく、坂田織物の魅力の一つになっていると感じました。
久留米絣をニューヨークへ!海外販売の厳しさと向き合う
2017年、坂田織物はとある取引先から「ニューヨークにショップを出すので一緒に出店しないか」と誘われたのをきっかけに、海外での商談会に乗り出すことになります。
当時は「メイドインジャパン」というだけである程度は売れると考えていましたが、実際展示会では手間ひまかけた工芸品でも販売は難しく、知名度の低さやマーケットの狭さを痛感したそうです。
そこからは絣の認知を増やすための啓蒙活動に専念することに。世界でも有名なデザイン学校、ニューヨークのパーソンズ美術大学で講師として特別授業を行ったり、学生や卒業生を自社に招いて製造を体験してもらうなどの取り組みを行いました。帰国後は学んだ技術を伝えてもらうなど、人脈づくりにもつながったそうです。
今ではニューヨークでポップアップストアを開催すると、商品が完売するほどの人気に。しかも、自社のスタッフが現地に行かずとも、久留米絣を理解する現地スタッフが販売してくれるとのこと。
「海外ではしっかり伝えないと埋もれてしまう反面、価値が伝われば爆発的な人気が生まれる。時間をかけて絣を知ってもらうための活動を広げてきた成果が、今ニューヨークで芽を出し始めています」と語っていました。
伝統の枠を超える、絣とワクワクの掛け算
坂田織物は従来の絣にとらわれず、「絣を身近にしたい」という方針のもと、これまでにはなかった新しい試みを続けています。2022年には「sakata」という新しいブランドを立ち上げました。
伝統的な絣にとらわれない、今までと視点を変えた発想で、洗練されたスタイルのテキスタイル開発も行います。
また、会社事務所の隣には「食」を通じて絣をプロモーションするための「SAKATA CAFE」が併設されており、シーズンに応じた、または絣にちなんだ料理を楽しめるほか、同社の衣服や雑貨も手に取ることができます。
「食」を中心とした日常の延長にあるサードプレイスとして、さまざまなコンテンツを提案しながら、絣に触れてもらうための“アイデア実験室”のようにも感じられました。
取材・撮影・文:森下 大喜