百万石の国、加賀らしい華やかな水引折型
熨斗紙や祝儀袋など、和紙で贈り物を包み、飾り紐で結び、祝いの気持ちや名前を書く。相手を思う気持ちを形にした、贈答の場面でのコミュニケーションです。水引はこの時の飾り紐のこと。輪を左右に並べて結ぶ「あわじ結び」をはじめ、さまざまな結び方があります。
加賀水引の創始者である津田左右吉が、結納業を始めてまず取り組んだのは贈り物を包む和紙の折型の研究でした。やがてこれまでのように平たく折り畳むのではなく、折り目を付けずに立体的なフォルムにして贈り物を包むスタイルに行き着きます。
その華やかでボリュームのある折型に結ばれる水引もまた、立体的で見目麗しいものを―。そうして多彩な水引細工も生まれ、金沢の伝統工芸、加賀水引は確立していったのです。
水引作りの様子。均整のとれた輪が美しさのポイントのひとつ。
4代目・さゆみさんが手にするのは立体的で華やかで、パッと場が明るくなる「加賀水引」。
古くからある結び方の応用によって、さまざまな作品ができるそう。
水引の価値を否定したアクセサリーブランド
津田左右吉の玄孫にあたる5代目・津田六佑さんは、水引の本質をひっくり返してしまうアクセサリーブランドを立ち上げました。2013年から展開する「knot(ノット)」です。
「直接的な言葉ではなく、形を通じて気持ちを伝えるコミュニケーション手段。これが水引の本質です。ところが水引のアクセサリーにはそうした意味合いはありません。その矛盾を“not”という言葉で表現しました。その頭に“k”を付けると発音はそのままで“結び目”という意味になる。これがブランド名の由来です」と六佑さん。
ではどうして水引の概念を超えてまで、アクセサリーを作ったのかというと「水引はもともと結婚適齢期以上になって使うものですから、10代、20代の若い世代にリーチすることができなかった。アクセサリーならそれができると考えたんです」。
価格帯も5,000円前後のラインからそろい、幅広い世代に受け入れられています。「見た目の良さで買ってみたら、後で水引だと知るのが理想ですね」と話すように、「knot」は水引の新たな市場を開拓しています。
5代目・津田六佑さん。「意外と30代から上の世代の方がknotを愛用してくれていたりもして、うれしい驚きでした」。
「knot」よりシンプルなデザインでさまざまなスタイルに合わせやすいピアス。
「knot」のネックスレスシリーズもバリエーション豊かにラインナップ。
どんどん作ってみることで、名作を生む
子どもの頃からパイロットになることが夢だったという六佑さん。ところが大学は工業大学で「アルミの深絞り成形における残留応力を計測する研究をしていました(笑)」という経歴の持ち主。卒業後は会社勤めで、インターネットサイトの企画やデザイン、オンラインショップの運営やアルゴリズム解析と、10年にわたってWEB業界に従事します。
家業を継いで5代目となったのはその後。さぞかし覚悟がいった選択と思いきや、「次は水引をやってみようかな~というテンションで、深く考えてはいなかったです」。とは言うものの、独自のクリエイティブなアプローチで、数多くの作品を発表していきます。
そんな六佑さんの発想の源は日常にあるそうです。「昨日なんかも銀座をぶらぶらしてたんですけど、あれはうちのどの部分に取り入れられるかなとか、自然と考えるんです」。そうして頭の中で思考して、とりあえずやってみるというのが六佑流。「小さいお店で機動力があるのが取り柄ですから」。
「やってみてダメだったらまた次に進めばいいんですから」と六佑さん。
やりたいことはたくさん、挑戦は続く
水引の鏡餅に、水引のブーケ、さらには水引のくまモン……。アクセサリー以外にも、これが水引?! という作品を次々と手がけてきた六佑さん。元来、水引が担っていた機能を見つめ直し、不要な機能をそぎ落としていくことで誕生した「wrap」シリーズは、「お札を贈るラッピング」。祝儀袋を現代の視点で再解釈したようなアイテムで、もはや水引ではありません。
現在計画中というブランド「#000」は従来、葬儀を連想させるためタブー視されてきた「黒」をテーマにしたシリーズ。水引はもちろんのこと、全国各地のさまざまな伝統工芸品の黒のアイテムを集めて展開する予定。
以前は「先のことは考えてこなかった」という六佑さんですが、今は50年後、100年後を見据えて、水引の可能性を広げたいと考えています。それは次の世代が水引、ひいては伝統工芸を発信していくための選択肢を増やすことになるから。
「自分の中のやりたいことの数%しか、まだやれていません」と言う六佑さん。これからも多くの人の心をギュッとつかんで離さない、新しい水引の世界を見せてくれそうです。
現在は4代目の宏さん・さゆみさん、5代目の六佑さん・沙樹さんを中心に、多彩な水引折型を提案している。
「書く」ことも水引折型では大切な工程。さゆみさんが、心を込めて記していく。
金沢市野町の店舗では、販売だけでなく水引体験も行っている(予約制)。
取材:新 拓也 撮影:山田 純也 文:藤原 武志