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Craft Report
人生のチャレンジを応援してくれる高崎だるま
 群馬県の中南部に位置する高崎市は、日本一のだるまの生産地。この地で作られるだるまは「高崎だるま」と呼ばれ、その顔にあるヒゲは縁起が良い鶴と亀の動物を模して描かれているのが特徴です。ただ、目は白い空白のまま。なぜなら、この高崎だるまの目を入れて完成させるのは、だるまに願掛けをした所有者の役割だからです。だるまの所有者は、願いを込めて向かって右目に墨を書き入れ、誓願成就した時、もう一方の目を入れます。

「群馬県のこの地域の人たちにとって、だるまさんは守り神のような存在です。一家に1つ、自営業の人ならお店にも1つ、各自で自分専用のだるまさんも持っているくらい」
 1930年創業、今井だるま店3代目の今井裕久さんが江戸時代から続く高崎だるまの魅力を語ってくれました。「だるまさんは、願いがある人を応援してくれます。目標に向かって頑張る人の心のより所になってくれるので、贈り物としても喜ばれます。壮大な願いであれば何十年もかけて飾ってもらって大丈夫なんです。 受験とか選挙だったりすると、3カ月や半年でも役目を終えるだるまさんもあります。自分の思いや目標に応じて、だるまさんを選んでもらえれば」。
「今井だるま店NAYA」の外観。78番地であること、だるま作りが蚕農家の納屋で行われていたこと、だるまの七転八起などの意味が含まれている。
「今井だるま店NAYA」の外観。78番地であること、だるま作りが蚕農家の納屋で行われていたこと、だるまの七転八起などの意味が含まれている。
高崎だるまの眉は鶴を、ヒゲは亀を表している。
高崎だるまの眉は鶴を、ヒゲは亀を表している。
今井だるま店3代目、今井裕久さん。
今井だるま店3代目、今井裕久さん。
群馬特有のからっ風がだるま文化を育む
 今井だるま店の工房では、麦藁に製造途中のだるまを串で刺して乾かす風景が見られます。「今でも豊岡町だけで30軒ぐらいのだるま屋がありますから、庭先や道端でだるまさんを出して乾かしてる風景が見れますよ」。高崎だるまの縁起は今から200余年前、江戸時代中期にあたる天明の大飢饉の頃にさかのぼります。生活に困った農家の副業として張り子のだるま作りが発達し、少林山達磨寺の七草大祭で売ったことからはじまったと伝わります。

 さらに、からっ風が吹く群馬県ならではの気候も、だるま作りを後押しします。高崎だるまの原材料は天然の紙類で、水で拡販してドロドロにした紙類をだるまの木型や金型に流して成形し、天日乾燥させます。ここでしっかり乾かすことが重要になるので、日照率が高く乾燥がちなこの地でだるま文化が根付くことになったそうです。 「高度経済成長の時には、もっと効率良くできる材料、例えばプラスチックや段ボールを使って大量生産するアイディアもありました。でも皆さんが願掛けをするだるまさんである以上、やはり天然の材料と製法で作らないと腑に落ちないものになってしまいます。なので、そこは大事に今でも守り続けられてます」。
だるまの下塗り作業。
だるまの下塗り作業。
春に収穫した後の麦藁をだるまを乾かす道具にしている。昔ながらの材料と、先人の知恵を引き継ぐ。
春に収穫した後の麦藁をだるまを乾かす道具にしている。昔ながらの材料と、先人の知恵を引き継ぐ。
軒先で天日干しされているだるま。
軒先で天日干しされているだるま。
起死回生、シンプルを極めたデザイナーズだるま
今井さんは朝起きると庭にだるまがいっぱい干してあって、学校から帰ってくると真っ赤なだるまがいつも作業場にあるとうい環境の中で育ちました。稼業に対する意識が芽生えたのは大学生の頃。少林山達磨寺のだるま市に行った時、かつての賑わいを失っていた光景を目の当たりにした今井さんは、26歳の時に会社を辞めて稼業を継ぐ決心をしました。
「5年で一人前になってやるっていう気持ちで、だるまさん作りに没頭しました。高崎だるまの場合は、鶴と亀を表現したヒゲが描けるようになったら一人前。筆のタッチの違いで、僕たちはどこの店のだるまさんか見分けることができますし、このヒゲは今井だるま店の看板です」。

 ただ、だるまの販路は絶望的なまま。さまざまな試行錯誤を繰り返した末に生み出されたのが、2006年から販売されている「デザイナーズだるま」でした。インテリアとしての魅力を兼ね備えたこの異色のだるまは、大学時代の友人でもあるデザイナー2104さんと共同で制作されました。
「廃棄されることになっただるまさんを見た2104さんが、『高崎だるまの造形はものすごく整っているし、紙でできているなんで最高だ』と言い出したんです。その魅力をもっと人に伝えるために、極限までシンプルなデザインのだるまさんをこしらえたんです。でも、縁起物としての要素を加えるため、鶴と亀のヒゲだけは入れることにしました」。販売当初はだるま文化が根強い土地だけに、この異色なだるまに対する反発もありました。そこであえて群馬から発信せずに、東京の代官山の雑貨屋さんのオープニングから提案し、10年ぐらい経ってからようやく高崎市の地元でも定着するに至ったそうです。
デザイナーズだるま。だるまの体には漢字の心をモチーフにした特殊なラインが施されている。
デザイナーズだるま。だるまの体には漢字の心をモチーフにした特殊なラインが施されている。
初期は白と黒の2色のだるまでスタート。現在は赤色も加えた3色で海外展開もしている。
初期は白と黒の2色のだるまでスタート。現在は赤色も加えた3色で海外展開もしている。
高崎市豊岡から、だるま文化を世界へ発信
現在、デザイナーズだるまは、アメリカやヨーロッパ、アジアの主要国を中心に20カ国以上で海外展開されています。最初は海外での販路に苦しんだそうですが、ブレイクスルーのきっかけは、コロナ禍でオンライン化が進んだことでした。ジェトロ(日本貿易振興機構)に参加したことから、海外バイヤーとのzoom商談が増えました。「驚いたことに、だるまさんのビジュアルを世界中の人が知ってたんですよ。でもそういえば、日本でもだるまさんのビジュアルは絵本や遊びを通して、幼い頃から刷り込まれていますよね。今考えているのは、海外から仕掛けて、日本にだるまさんの魅力を逆輸入すること。そうすれば、国内で狭いシェアを奪い合うこともない。伝統産業は、みんなで協力することによって浸透できるものだと思います。グローカルっていう言葉がありますけども、豊岡からだるま文化を世界に発信していきたいと考えています」。

 伝統とイノベーションの両輪に重きを置いてる今井さん。根底にあるのは、やはり伝統的なだるまの魅力を伝えたいという思いでした。近年では工房におけるだるまの絵付体験や、小学校などでだるまを通して伝統産業を教える機会も増えてきているそうです。 「このデジタル化された社会とオートメーションが便利な時代において、 あえてこのめんどくさい作り方で1つ1つ違うだるまさんが存在する。その意味を、世界に発信したい。高崎だるまのストーリーと職人の思い、原材料や製法をしっかりと受け継いでいけば、必ず皆さんに受け入れてもらえると思っています」。
群馬県で、だるまは守り神として親しまれ、毎年買い換える習わしがある。
群馬県で、だるまは守り神として親しまれ、毎年買い換える習わしがある。
取材:山田 純也 写真:moco 文:西田 めい
今井だるま店NAYA
locationPin群馬県
#人形・こけし・だるま-高崎だるま
創業90余年。高崎だるまの脈々と受け継がれてきた技術を継承しつつ、オーダーメイドだるまから、デザイナーズだるまなども制作。海外向けの活動も展開しており、日本の縁起物である高崎だるまの魅力を世界に発信しています。
Workshop Available
Last Updated : 2024/05/14
Representative
今井裕久
Established year
1930年
Employees
11
Location
〒370-0871 群馬県高崎市上豊岡町78
Request Production/Product Development
Each craft manufacturer showcased in "MEIHINCHO" boasts its own distinctive and innovative technology. For those interested in leveraging this craftwork technology for OEM or product development, please don't hesitate to reach out to us.
今井だるま店NAYA
locationPin群馬県
#人形・こけし・だるま-高崎だるま
創業90余年。高崎だるまの脈々と受け継がれてきた技術を継承しつつ、オーダーメイドだるまから、デザイナーズだるまなども制作。海外向けの活動も展開しており、日本の縁起物である高崎だるまの魅力を世界に発信しています。
Workshop Available
Last Updated : 2024/05/14
Representative
今井裕久
Established year
1930年
Employees
11
Location
〒370-0871 群馬県高崎市上豊岡町78
Craft Report
人生のチャレンジを応援してくれる高崎だるま
 群馬県の中南部に位置する高崎市は、日本一のだるまの生産地。この地で作られるだるまは「高崎だるま」と呼ばれ、その顔にあるヒゲは縁起が良い鶴と亀の動物を模して描かれているのが特徴です。ただ、目は白い空白のまま。なぜなら、この高崎だるまの目を入れて完成させるのは、だるまに願掛けをした所有者の役割だからです。だるまの所有者は、願いを込めて向かって右目に墨を書き入れ、誓願成就した時、もう一方の目を入れます。

「群馬県のこの地域の人たちにとって、だるまさんは守り神のような存在です。一家に1つ、自営業の人ならお店にも1つ、各自で自分専用のだるまさんも持っているくらい」
 1930年創業、今井だるま店3代目の今井裕久さんが江戸時代から続く高崎だるまの魅力を語ってくれました。「だるまさんは、願いがある人を応援してくれます。目標に向かって頑張る人の心のより所になってくれるので、贈り物としても喜ばれます。壮大な願いであれば何十年もかけて飾ってもらって大丈夫なんです。 受験とか選挙だったりすると、3カ月や半年でも役目を終えるだるまさんもあります。自分の思いや目標に応じて、だるまさんを選んでもらえれば」。
「今井だるま店NAYA」の外観。78番地であること、だるま作りが蚕農家の納屋で行われていたこと、だるまの七転八起などの意味が含まれている。
「今井だるま店NAYA」の外観。78番地であること、だるま作りが蚕農家の納屋で行われていたこと、だるまの七転八起などの意味が含まれている。
高崎だるまの眉は鶴を、ヒゲは亀を表している。
高崎だるまの眉は鶴を、ヒゲは亀を表している。
今井だるま店3代目、今井裕久さん。
今井だるま店3代目、今井裕久さん。
群馬特有のからっ風がだるま文化を育む
 今井だるま店の工房では、麦藁に製造途中のだるまを串で刺して乾かす風景が見られます。「今でも豊岡町だけで30軒ぐらいのだるま屋がありますから、庭先や道端でだるまさんを出して乾かしてる風景が見れますよ」。高崎だるまの縁起は今から200余年前、江戸時代中期にあたる天明の大飢饉の頃にさかのぼります。生活に困った農家の副業として張り子のだるま作りが発達し、少林山達磨寺の七草大祭で売ったことからはじまったと伝わります。

 さらに、からっ風が吹く群馬県ならではの気候も、だるま作りを後押しします。高崎だるまの原材料は天然の紙類で、水で拡販してドロドロにした紙類をだるまの木型や金型に流して成形し、天日乾燥させます。ここでしっかり乾かすことが重要になるので、日照率が高く乾燥がちなこの地でだるま文化が根付くことになったそうです。 「高度経済成長の時には、もっと効率良くできる材料、例えばプラスチックや段ボールを使って大量生産するアイディアもありました。でも皆さんが願掛けをするだるまさんである以上、やはり天然の材料と製法で作らないと腑に落ちないものになってしまいます。なので、そこは大事に今でも守り続けられてます」。
だるまの下塗り作業。
だるまの下塗り作業。
春に収穫した後の麦藁をだるまを乾かす道具にしている。昔ながらの材料と、先人の知恵を引き継ぐ。
春に収穫した後の麦藁をだるまを乾かす道具にしている。昔ながらの材料と、先人の知恵を引き継ぐ。
軒先で天日干しされているだるま。
軒先で天日干しされているだるま。
起死回生、シンプルを極めたデザイナーズだるま
今井さんは朝起きると庭にだるまがいっぱい干してあって、学校から帰ってくると真っ赤なだるまがいつも作業場にあるとうい環境の中で育ちました。稼業に対する意識が芽生えたのは大学生の頃。少林山達磨寺のだるま市に行った時、かつての賑わいを失っていた光景を目の当たりにした今井さんは、26歳の時に会社を辞めて稼業を継ぐ決心をしました。
「5年で一人前になってやるっていう気持ちで、だるまさん作りに没頭しました。高崎だるまの場合は、鶴と亀を表現したヒゲが描けるようになったら一人前。筆のタッチの違いで、僕たちはどこの店のだるまさんか見分けることができますし、このヒゲは今井だるま店の看板です」。

 ただ、だるまの販路は絶望的なまま。さまざまな試行錯誤を繰り返した末に生み出されたのが、2006年から販売されている「デザイナーズだるま」でした。インテリアとしての魅力を兼ね備えたこの異色のだるまは、大学時代の友人でもあるデザイナー2104さんと共同で制作されました。
「廃棄されることになっただるまさんを見た2104さんが、『高崎だるまの造形はものすごく整っているし、紙でできているなんで最高だ』と言い出したんです。その魅力をもっと人に伝えるために、極限までシンプルなデザインのだるまさんをこしらえたんです。でも、縁起物としての要素を加えるため、鶴と亀のヒゲだけは入れることにしました」。販売当初はだるま文化が根強い土地だけに、この異色なだるまに対する反発もありました。そこであえて群馬から発信せずに、東京の代官山の雑貨屋さんのオープニングから提案し、10年ぐらい経ってからようやく高崎市の地元でも定着するに至ったそうです。
デザイナーズだるま。だるまの体には漢字の心をモチーフにした特殊なラインが施されている。
デザイナーズだるま。だるまの体には漢字の心をモチーフにした特殊なラインが施されている。
初期は白と黒の2色のだるまでスタート。現在は赤色も加えた3色で海外展開もしている。
初期は白と黒の2色のだるまでスタート。現在は赤色も加えた3色で海外展開もしている。
高崎市豊岡から、だるま文化を世界へ発信
現在、デザイナーズだるまは、アメリカやヨーロッパ、アジアの主要国を中心に20カ国以上で海外展開されています。最初は海外での販路に苦しんだそうですが、ブレイクスルーのきっかけは、コロナ禍でオンライン化が進んだことでした。ジェトロ(日本貿易振興機構)に参加したことから、海外バイヤーとのzoom商談が増えました。「驚いたことに、だるまさんのビジュアルを世界中の人が知ってたんですよ。でもそういえば、日本でもだるまさんのビジュアルは絵本や遊びを通して、幼い頃から刷り込まれていますよね。今考えているのは、海外から仕掛けて、日本にだるまさんの魅力を逆輸入すること。そうすれば、国内で狭いシェアを奪い合うこともない。伝統産業は、みんなで協力することによって浸透できるものだと思います。グローカルっていう言葉がありますけども、豊岡からだるま文化を世界に発信していきたいと考えています」。

 伝統とイノベーションの両輪に重きを置いてる今井さん。根底にあるのは、やはり伝統的なだるまの魅力を伝えたいという思いでした。近年では工房におけるだるまの絵付体験や、小学校などでだるまを通して伝統産業を教える機会も増えてきているそうです。 「このデジタル化された社会とオートメーションが便利な時代において、 あえてこのめんどくさい作り方で1つ1つ違うだるまさんが存在する。その意味を、世界に発信したい。高崎だるまのストーリーと職人の思い、原材料や製法をしっかりと受け継いでいけば、必ず皆さんに受け入れてもらえると思っています」。
群馬県で、だるまは守り神として親しまれ、毎年買い換える習わしがある。
群馬県で、だるまは守り神として親しまれ、毎年買い換える習わしがある。
取材:山田 純也 写真:moco 文:西田 めい
Crafts
今井だるま店NAYA
今井だるま店NAYA
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今井だるま店NAYA
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今井だるま店NAYA
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Request Production/Product Development
Each craft manufacturer showcased in "MEIHINCHO" boasts its own distinctive and innovative technology. For those interested in leveraging this craftwork technology for OEM or product development, please don't hesitate to reach out to us.