本物を結ぶ喜びを届ける』百年を超え絹の魅力を紡ぐ渡文
京都・西陣の地で明治40年から続く渡文は、「ほんものを結ぶ喜びを・・・」という社是のもと、女性の美しさを引き立てる帯づくりを118年にわたり手がけてきました。
現在、西陣織で手織りを続ける織屋は数えるほどしかありません。その中でも、自社工場を持つ渡文だからこそ実現できるのが、お客様のご要望にお応えするスピードと、一貫したものづくりによるオリジナルデザインの創造です。
渡文の帯や着物の特徴の一つは「軽やか」であること。見た目にはずっしりとした重厚感がありながら、実際に身につけると驚くほど動きやすいのです。これは、立体感と軽やかさを両立させた職人の技の結晶です。
また渡文では能装束の復元も行っており、過去に手がけた江戸時代の装束の復元では、美術館の館長や美大の教授など専門家とともに、2年という歳月をかけて当時の色合いや技法を忠実に再現しました。
その文化財級の技術力に加えて、既存の西陣織の概念に留まらない挑戦と進化を続けています。西陣織のノウハウを駆使したインテリアファブリック商品の開発や、絹の特性を活かしたスキンケアグッズの開発など、絹の新たな可能性と価値を紡ぎ出しています。
上質な絹糸と職人の手が織りなす美しい着姿
渡文が誇る最高峰の技術が「本唐織」です。一般的な唐織と比べ、上質な絹糸を使用し、経糸や緯糸の打ち込みが非常に細かいことが特徴。
使用する糸は、触ると雪を踏んだときのような「ギッギッ」という絹特有の音が響きます。この絹づれの音こそが、新鮮なうちに染められた上質な糸の証なのです。
本唐織は、軽やかでしなやかでありながら張りがあり、艶と繊細さが際立つ仕上がりを実現します。
製作過程では「密度」の調整に最も心を配ります。デザインに応じてボリューム感を調整し、着用したときの美しいシルエットを追求しています。
また帯を結んだときの見栄えまで考え抜いた絵柄の設計は、渡文ならでは。身につける時に背面で縦になる部分の絵柄は、織りの方向を変えるひと手間で、どの角度から見ても美しく見えるよう配慮されています。
手織りも機械織りも、どちらの技術も兼ね備える渡文では様々なオーダーに幅広く応えることができます。
実際に着物を着た人の見栄えを考えて、織りの方向を変える一手間の心遣いに、渡文の一貫した理念が垣間見える。
「同じものを織れないといけない。僕らが作っているのは『織物』ではなく『売り物』」と語るベテラン職人の津田功さん。
「お客さんが実際に帯を締めて、軽くて驚いたとか、着物を見た時点で綺麗と言われると嬉しい。裏側が汚い仕上がりだったら商品も汚い。いい仕事は表よりも裏に現れる。」
良質な西陣織を真摯に、安定して供給する仕事人の姿があります。
織物のデザインの設計図として使用される図案。一見着物の図案とは思えない現代的なものや挑戦的な図案も多数ある。
絹の可能性を広げ後世へ繋ぐ
チーフプランナーの後藤美知子さんは、「受け継がれて何百年経っても、人の心に残り続ける、感動させるものが『本物』」と語ります。その想いは、着物や帯だけでなく、新たな挑戦にも込められています。
伝統を残し後世に受け継いでいくことを目的に絹の良さを様々な形にして伝えているブランド「firstsilk」では、蚕が最初に吐き出す希少なキビソ糸を使ったボディタオルを開発しました。原料のキビソは織物作りには適さずほぼ廃棄されてきました。しかし繭全体の3%しか採れない希少なキビソには、肌に良いセリシンというコラーゲンが豊富に含まれているのです。
絹の副産物に新たな価値を与える製品となりました。
希少なキビソを使用したブランド「first silk」の商品。
開発のきっかけは職人さんの手がみんなツルツルだったこと。使用後の肌のつるつる感は格別です。
現在、日本の絹の生産量は、全体のわずか2%程度。しかし渡文では、国産絹への回帰を目指し、地方で養蚕を始める若い世代との連携も進めています。
「絹の魅力はまだまだ伝わっていない」という後藤さんの言葉通り、医療分野での活用など、絹の可能性は無限大です。
渡文が大切にするのは、ただ伝統を守るだけでなく、挑戦することとの両輪。今日も京都・西陣の工房では、熟練の職人たちが糸と向き合い、118年の歴史に恥じない技術と新しい視点を持ち合わせて「本物を結ぶ喜び」を紡ぎ続けています。
取材:新 拓也 写真:森下 大喜 文:下野 惠美子