浅田漆器工芸が描く、新しい山中漆器のかたち
石川県加賀市・山中温泉。轆轤挽きの名手たちが集い、「木地の山中」として知られるこの土地で、浅田漆器工芸は創業以来100年近くにわたって漆器づくりに取り組んできました。
「昔ながらの山中漆器は立派だけれど、現代の生活には少し距離がある。その間を埋めるような、今の暮らしに合う漆器をつくりたい」という、現代表で4代目の浅田明彦さん。伝統を重んじながらも、日常に寄り添う器の提案を続けています。素地づくり、下地、塗り、加飾など分業が基本の山中で、さまざまな職人との連携を大切にしながら、自社でも塗りや加飾の一部工程を担い、時代に即したものづくりを模索しています。
「asada」ブランドに込める意思
浅田漆器工芸が展開する自社ブランド「asada」は、山中の技術と現代の感性を融合させたライン。カジュアルに使える汁椀やプレート、スープカップなどは、漆器の持つ軽さや口当たりのやさしさを活かしながら、和洋問わず食卓に馴染むデザインに仕上げられています。
象徴的なのが、変わり塗りの技法を用いたシリーズ。「叢雲塗(むらくもぬり)」は、他にはない存在感を放つ加飾技法です。和蝋燭の炎を用いて漆の表面にゆらめくような陰影を加えることで、雲がたゆたうような抽象的な模様が浮かび上がるこの技は、ひとつとして同じ模様が生まれない一期一会の表現です。
「炎の角度や距離、蝋燭の芯の太さで、模様がぜんぜん違ってくる。毎回違うから、楽しいですよ」と語るのは、長年塗りを担当している清水一人さん。その模様は、時に山水画のような風景を連想させ、「もう一度作れと言われても、二度とできない」とも。そんな“偶然”の美しさこそが、叢雲塗の最大の魅力です。
叢雲塗の器に浮かぶ模様は、ろうそくの炎が描いた唯一無二の風景
“伝統”を日常に届けるために
山中漆器の特徴は、正確無比な轆轤技術と、滑らかで丈夫な塗りの美しさ。その技術を継承しながら、浅田漆器工芸では漆だけでなくウレタン塗装を使った器も展開。価格や手入れの面でハードルを下げ、「まずは漆器を使ってみる」体験を広げています。
「伝統は守るものじゃなくて、生かすもの。漆器が特別なものになりすぎると、暮らしの中で使われなくなってしまう。だからこそ、気軽に手に取ってもらえる工夫をすることが、今の僕たちの役割だと思っています」。
asadaの器は、その佇まいこそシンプルですが、手に取ると木のぬくもりと塗りの深みがしっかりと感じられます。そして、叢雲塗の器を手にすれば、炎の跡が描いた抽象絵画のような景色に、つい見入ってしまうことでしょう。
漆器=黒や朱、というイメージを覆すパステルカラーの漆器。洋の食卓にも自然に馴染む。
技をつなぎ、未来をひらく
後継者不足に直面する伝統工芸の世界において、浅田漆器工芸の取り組みは“次の100年”へと続く橋渡しです。産地の内と外を柔軟に行き来し、異分野の作家や企業とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。
「伝統があるからこそ、革新ができる」。そう語る浅田さんの姿勢は、器づくりを“文化の継承”であると同時に、“日常の創造”でもあると捉えています。
叢雲塗の揺らぎ、漆の艶、木の肌。静かに佇むその器の奥に、山中の風土と、浅田漆器工芸が紡ぐ未来への物語が宿っています。
取材・撮影・文:山田 純也