異国文化との出合いから生まれた軽井沢彫り
長野県軽井沢は浅間山の南麓、標高1000m前後の緩斜面に多くの樹木が枝を伸ばし、真夏でも涼しい避暑地として有名です。明治時代以降は、外国人宣教師をはじめ、皇室や財界人、文化人たちの別荘地として愛されてきました。この地の豊富な木材と、西洋風の嗜好、そして日光彫の技との出合いから育まれた伝統工芸が軽井沢彫りです。
「江戸時代の軽井沢は閑散とした宿場町だったそうです。うちの屋号に『大坂屋』が入っているのも、元は『大坂屋』という旅籠を営んでいたから」
と話してくれたのは、大坂屋家具店の責任者・土屋忠さん。
初代・川崎巳次郎さんは日光彫の職人だったそうです。日光彫とは栃木県の日光東照宮造営によって発展した木彫り工芸のこと。1892年、初代・川崎巳次郎さんが外国人宣教師や外交官の要望を受け、別荘用の家具に彫刻を施したことから、軽井沢彫りが生まれました。その後、婿となって家業を受け継いだ2代目土屋寅五郎が徳川時代から続いている屋号「大阪屋」を「大坂屋家具店」に変え、現在に至ります。
「初代が日光彫の職人だったせいか、当初の彫刻のモチーフは松竹梅や菊、菖蒲など、日光彫のモチーフが多かったそうです。その後、日本を象徴する花としての桜、キリスト教に由来するブドウが彫刻されるようになり、今では桜とブドウの2つが軽井沢彫りを代表するモチーフとなっています」。
ソファのアームパーツに施された桜の彫刻は、絵柄がつながるようにデザインされている。
軽井沢彫り一貫製作で、洗練を重ねる
大坂屋家具店では、軽井沢彫りにおいて唯一、木地(家具作り)、彫刻、塗装まですべての工程を自社で請け負っています。その作業場からは、今も「トントン」と職人さんたちが木槌でノミを打つ音が聞こえてきます。
軽井沢彫りの特徴の一つに「ノックダウン(分解できる作り)」があります。家具に彫刻を施すため分解できる作りなっており、外国人が分解してコンパクトに持って帰ることもできました。そこで、まずは木地師が長年の経験をもとに木の特徴を見極めて木材を選び、各部材を切り分けて家具を組み立てます。次に彫師がデザインを考え、軽井沢彫特有の彫刻を施します。最後が塗装仕上げです。
「桜の花びらに彩色を施すのも、大坂屋独自の技術です。塗師は木地による発色の違いを見極め、一輪一輪、グラデーションをつけながら丁寧に仕上げています。これは先代が開発した技術で、当時は軽井沢彫りの中でも5%もないくらいのマイノリティな試みでしたが、今ではすっかり定着しています」と土屋さん。伝統技術を継承しながら新しい挑戦を続ける大坂屋家具店。ショールームには、気鋭の若手職人によって生み出された箸や手鏡、お盆や花器、写真立てなどの小物も展示されています。
桜の彫刻に淡いピンク色を施した「彩色」の軽井沢彫りは大坂屋家具店独自の技術。
図柄の周辺に「星打ち」という細かな点々が彫り込まれているのも軽井沢彫りの特徴の一つ。「星」と呼ばれる道具を木槌で打ち込むことによって、桜の雄しべを表現したり、立体的かつ重厚感のある風合いに仕上がる。
狭いリビングにも映える瀟洒な仏壇
外国人の要望に応じた時代の後は、日本人向けの家具や小物を作る時代もあったそうです。「昔は嫁入り道具としてタンスを持っていく時代がありましたから。そのタンスには桜の彫刻が華々しく施されていました。今はその頃のタンスが返ってきている時代ですね。ウチは軽井沢彫りの買取や修理もしているので。削って塗装するなど調整をすれば、家具はまたよみがえります。でも、その時代のタンスはやはり今の暮らしでは置き場所がなくなりつつあります」。
そんな大坂屋家具店にとって、今、主力となっているのが軽井沢彫りの仏壇です。そのサイズはじつに多様で、ミニ仏壇なら幅36×奥行20×高さ30cmと極狭マンションのリビングにも十分置けるほどのミニマルさ。しかしながら、木戸を閉めると桜やブドウの彫刻が一枚の絵のようにつながるデザインになっており、リビングのインテリアを邪魔せずに馴染むつくりになっています。「今はあまり仏壇らしくないデザインのほうが好まれる傾向があると思います。桜のモチーフは日本人の心にフィットしますし、仏壇にもピッタリなんですね。『故人と一緒に見た桜が忘れられない』と仰る方もいます。ここ10年は月の半分くらいは仏壇を作っている感じですよ」。
重厚感のある軽井沢彫りのタンス。買取りで戻ってきた過去の軽井沢彫りから学ぶことも多く、職人の師匠の作品に出合うこともあるとか。
軽井沢彫りの仏壇。扉を閉めると絵柄か一枚の絵に完成する。
根底にある「人の想い」を具現化
土屋さんは住宅販売業を経て、軽井沢彫りの家業の道に入りました。「住宅も一生に一度くらいの大きな買い物ですが、仏壇はとくに先祖代々の歴史があるだけにお客さんの想いが強い。その気持ちを具現化することが、私たちの仕事です」。お客さんとイメージを共有するために、土屋さんは言葉だけでなく図面も利用しながら意思疎通していきます。近年はシンプルなデザインが好まれる傾向があり、引き算をして美しく見えるように作ることのほうが難しいそうです。
「私たちは別荘文化が根付いている軽井沢の小さな町で130余年やってきたという特殊性があります。最近は別荘文化も過去の時代になりつつあるかもしれませんが、やっぱり根底に軽井沢独特の文化があるんです」。
豪華壮麗な別荘家具から嫁入り家具、そして現代の暮らしに寄り添う仏壇へ、時代のニーズに合わせて柔軟に変化していく軽井沢彫り。しかし、その彫刻にはしっかりと「人の想い」が今も変わらず込められています。
取材:山田 純也 撮影:moco 文:西田 めい