人情の町が育む指物
木材を板や棒状に整え、家具や器具を制作する“指物”。
指物職人の益田大祐さんの専門分野は、伝統的な和家具の制作と修理です。
指物技術を用いて歌舞伎やお茶道具から現代の暮らしに寄り添った日用品の制作・修理を担っています。
益田さんは、高等専門学校の工業デザイン科卒業後、家具製造会社に就職したものの“デザインから制作まで一貫して携わりたい”と募る想いを胸に仕事を辞め、江戸指物 渡邊に弟子入りし指物の道へ・・・。
独立直後は思うように仕事が無い時期もありながら、デザイナーと仕事をしたり、歌舞伎平成中村座の長屋に出入りさせてもらったり、美術骨董屋を紹介してもらったり、町での出会いや紹介をつてに自身で販路を開拓してこられたそうです。
“江戸の人柄として、町ぐるみで面倒を見てくれるから、親方に怒られるより依頼をくれた知らない人に怒られることが多かった”と笑いながら語る益田さん。
歌舞伎座の演者や銀座の美術骨董屋さんと距離が近く「今日来れる?」と気軽な声かけが仕事に繋がるのは、人情の町ならではです。
手作業が成す一体感
指物は組み合わせる木材と木材の一方に突起状の「ホゾ」、もう一方に「ホゾ穴」を作り差し込んで箪笥や文机、棚や箱、鏡台や茶道具などを制作します。
目視では分からないほどの微妙な加工は、手作業だからこそなせる些細な調整によるものです。木材の種類や密度によって異なる調整具合は、数値化できず機械化することは困難な技術といえます。
また指物で製作するものは大きなものではないため、組み合わせる2つの木材同士の接着面を増やし強度を高めながら、削りすぎて部材が折れないように保つためにバランスを見極める必要があります。
使用する刃物道具も、研ぎの角度や木の硬さに合わせて使い分けています。
研ぐほど短くなる刃先の長さも作業に影響するため、新調したりするととかえってとまどうこともあるとのこと。
指物は職人の手と経験に基づく感覚で、木や道具の状況を読みながら繊細に仕上げられているのです。
釘や接合する道具を使わずに、木で接合部を作り、指し合わせて組み立てる。
試行錯誤で依頼に応える何でも屋
“江戸時代の指物師はいわゆる調度品や道具といったあらゆるものを手掛ける何でも作る人だった”と語られる益田さん。
徐々に茶道具専門、歌舞伎専門、と職人が専門化し出し発展してきたものの、今日再び“何でも屋”に収束しているとのこと。
現在は受注制作が中心で、制作経験のないものを引き受けることも多いそうです。
益田さんは“ 縛りがなくて、クリエイティブな部分が多いから面白いがその分難しい”
“丁寧に聞き出して具現化することを意識しているがそれぞれの好みがあるから、正解がない。”と言います。
話を聞いてラフに描き、イメージや使い勝手の悪い点を丁寧にヒアリングして、お客さんの内にあるものを引き出しながら、時間をかけて作られています。
末代まで残るようなものを制作したり、譲り受けた古いものの修理にあたることも少なくありません。ストーリーが宿る二つとないものだからこその覚悟を持ち、慎重に取り組まれています。
修理の際には、外側からは見えない釘や接着剤など無理な修理の痕跡に苦慮することも・・・。
指物の技術を応用して、家具や器具だけでなく様々な作品、商品も制作している。
一方きちんと修理を重ねられたものからは学びがあるとのこと。
“指物は美術品ではなく使うもの。調子が悪くなったら、直すを繰り返すのが当然で、それがなされることが嬉しい”と益田さん。
時には指物以外の技術も取り入れることもあるそうです。
例えば茶師がイベント時に持ち運びできる組み立て式のお茶室のオーダーでは、宮大工の技術を本や映像から独学で学び、指物の技術に応用して見事に完成されました。
試作を重ね、当初30kgから20kgへ強度はそのままに軽量化に成功。
組み立て式のお茶室は、フランスエッフェル塔前や、ニューヨークセントラルパーク前、中国の山奥など世界各地で活躍中です。
コンマ1ミリが左右する指物の繊細な技術を土台に、要望に合わせ貪欲に学びながら幅広い依頼に応えています。
製作した組立茶室「ZEN-An 禅庵」。分解してスーツケースに入れてどこでも持ち運ぶことができる。
日本の文化をリスペクトする枠を越えた職人
益田さんの周囲でもコロナ禍を経て、年配のさまざまな職人さんが廃業され、代々一人の職人に伝わっていたような伝統技術が途切れ始めているそうです。
“なくなりそうな技術があれば教えを乞う。知らないのと、知識として知っているのは違う。
“難しいからできない”と“知らないからできない”は違う”と益田さんは言います。
他者からの学びを厭わず、技術継承にも積極的です。
師弟関係ではなく若い仲間を増やす感覚の、横のネットワークで声をかけ合い育てていくような後継者作りを提唱されます。
“お客さんが満足することが大事だから、いろんな職人さんがいて良い”と語る益田さん。
“俺の指物は結構自由なのかな。指物職人としてのプライドはありつつ、それ以上に日本の文化全体へのリスペクトが増しているかも。これからの姿は決めずに、出会いの中で面白いことをする。”
お客様の期待に応えることを第一に、指物をはじめとした日本の文化に向き合われています。
取材:伊藤 優利 撮影:山田 純也 文:下野 恵美子