無数の竹ひごが織りなす造形美 駿河竹千筋細工
かつて「駿府」と呼ばれた静岡市。この地で駿河竹千筋細工の技術は育まれました。昔から良質の竹が産出していたというこの地域では、古くは弥生時代からザルやカゴが出土し、竹細工の歴史が根付いていたことが確認されています。また江戸時代初期には、参勤交代で街道を行き交う諸大名から、旅籠で使われていた籠枕が人気を博し、今に至る駿河竹千筋細工としての文化が興ったと伝わっています。
最初にこの工芸品を目にした時、こんなに緻密で繊細な技はみたことがないと驚かされました。まさに千本は使われているであろう、極限まで細く、丸く加工された竹ひごが、様々な組み方を経て、美しい造形へと変化します。非常に手間のかかる製法だということが一目で感じ取れる逸品ばかりです。
閑静な住宅街が広がる静岡市でみやび行燈製作所は操業しています。取材に応じていただいた伝統工芸士の杉山茂靖さんは、杉山家の三男として誕生し、高校卒業後は大阪と福井で販売や接客を学び、2000年に家業に入られた経歴を持ちます。
この頃、渡邊鉄夫さんというベテランの伝統工芸士が自社に入社されるのをきっかけに、杉山さんは渡邉さんに弟子入り。竹細工の技術を一から学ぶこととなります。
長男で代表取締役の雅俊さん、次男で伝統工芸士の貴英さんと共に、兄弟三人で家業を継ぎ盛り立てています。
最良の竹ひご一本を削り出す熟練の手作業
工房には数多くの竹が所狭しと並べられ、壁や棚には様々な道具が保管されていました。身近に購入できる刃物をはじめ、中には自作の器具をも駆使しながら、求める製品に応じた加工を施していきます。駿河竹千筋細工は、多くの竹ひごを使って組み上げられていきますが、その一本一本丸く角が立たないように、丁寧に加工されていることが特徴の一つです。
この技が生まれたきっかけは、かつて鳥籠や虫籠として利用されていた時代に、中の生き物が怪我をしないように配慮されたからとも言われており、事実作品の肌触りは非常に滑らかで角の立つ部分がほとんどありません。
伝統の技法は素朴な優しさから生まれたと思えば、手作りの竹細工にますます暖かみを感じられるのではないでしょうか。
ただ、この丸い竹ひごを生み出すためには、丁寧に手間をかけて加工する必要があります。
まず竹材の皮を小刀で削り剥く作業。竹は外側(皮)と内側とでは材質が違います。後に熱で曲げを施す際、外側と内側とでは曲がる量が違うため、狙った寸法にするには皮を剥く量を、目的に応じてコントロールする必要があります。刃を入れ込む角度や押し出す力加減、刃先のしなりを感じ取る作業には繊細さが求められます。
そして竹の表面を整えたら、ある程度の細さまで竹を割っていく「小割」と呼ばれる作業。作業台に刃を立て、細く切り込みを入れて竹を割いていく作業で、こちらも熟練の技や感覚が必要です。そして「ひご引き」といって、竹をさらに丸く加工していく作業。この丸みを生み出すためには、割った竹ひごを穴の空いた専用の工具に通しながら、何度も引いて削っていきます。この際、竹の材質や求める作品に合ったサイズを見極める必要があるため、繊細な感覚が求められます。
ひご引きの作業。製品を作るには多くの竹ひごが必要だが、一本一本手間をかけて削り出されている。
杉山さんは説明してくれながらこれらの作業を軽々と進めますが、実は上手くなるには数年はかかる大変な作業だそうです。単に細くなるよう漫然と加工するのではなく、後の工程まで意識して手を動かす必要があると思えば、確かに一朝一夕には身につかない特別な技術だと感じました。
ここからさらに熱した金属製の管に竹を当てて曲げていく技や、竹ひごを刺していく穴あけの作業を駆使していきます。どれも微妙な力加減が欠かせない工程で、作品の良し悪しが分かれる重要な作業ばかりです。
ですが、そのような作業を積み重ねて組み上げられる竹細工は、非常になめらかな肌触りで透明感すら感じられます。しなやかさの中にも強度を兼ね備えており、利用者にとって何十年も使い込める特別なアイテムとなります。
熱した管に竹を当てて曲げる作業。手つきは感覚的でありながらも、緻密に計算された寸法を狙って曲げるのが難しい。
簡単な作りの小物入れは、市内の小学校の教材にも採用されている。
「次の夏が楽しみになる」使われてこそ活きる竹細工の魅力
杉山さんが言うには、日本の伝統工芸は四季に応じて最適な道具を生み出してきた。中でも竹製品は「涼」をもたらすもので、本当に辛い夏にこそ価値が高まる。うちの商品(竹のバッグ)は頻繁に見せびらかすよりも、夏が来るまで我慢して、暑くてたまらなくなった時にいよいよ引っ張り出す。そうすると夏の工芸品として最大限活かすことができる。秋や冬にはあえて使わず、そのために次の夏が来るのを待ち遠しく思うことが、本当の粋なんじゃないか。
触ればひんやりと冷たく、風が通しの良い竹細工は夏の風物詩だ。
取材を通して杉山さんは、強めの静岡弁で冗談を交えながら、竹細工のことを楽しげに語ってくれました。大阪で接客の修行をされていた経験もあってか、話が軽妙で自然と引き込まれる魅力がありました。作り手の人柄に触れることで、作品に込められた想いや価値を深く知ることができると、改めて実感します。この竹細工を作ったのは「静岡の職人さん」と言うよりも「みやび行燈の杉山さん」が作ったのだと。
「伝統工芸は飾られるよりも、使うものになるべきだと思う。使っていく中で、その裏には作った人がいると伝えられることが、伝統工芸を守ることに繋がると思うんです」
取材・撮影:森下 大喜