日本三大紬の一つとして
一世を風靡した上田紬
紬とは、繭を真綿にして紡いだ糸を用いて織られた織物のことで節のある独特の風合いが特徴です。あらかじめ染められた糸を手織機や機械を使って柄を表現する「先染め」の手法により様々な織り方で柄を表現することができます。
「小岩井紬工房」は、伝統的な手織り技術を用いて信州上田紬を製造する工房です。その歴史は約400年に遡ります。信州紬は、長野県内の紬産地である松本紬、伊那紬、飯田紬、上田紬の4つの産地に由来し、信州地域での養蚕と織物の伝統が根付いています。特に上田紬は、真田織として江戸時代中期に隆盛を迎え、京都や江戸で広く愛用されました。
客観的な視点で日本文化を見つめ
伝統を守り継ぐ決心
「小岩井紬工房」は、他の多くの工房が機械化に移行する中、一貫して手織りにこだわり続けています。「手織りと機械織りは一見すると違いは分かりづらいですが、手織りの着物は着るほど柔らかくしなやかになり、着心地が良くなってきます。これは決して機械織りでは表現できない風合いです。」と話してくれたのは「小岩井紬工房」の3代目、伝統工芸士の小岩井良馬さん。工房には明治時代から受け継がれている手織機が並んでいます。
20代のころの小岩井さんは家業に興味がありませんでしたが、海外で働きヨーロッパを放浪した経験を経て、日本文化の素晴らしさに気付き、家業に興味を持つようになりました。帰国後に職人の道を歩み始め、最初は作業を覚えてこなすだけでしたが、徐々に仕事を覚えて展示会などに出展するうちに、着物業界の現状を体感することになります。
「いろんな人の話を聞いたり他産地のもの見てるうちに、あれ、ちょっとまずいぞと。やっぱりもう衰退産業で、作ってればいいだけの時代じゃない。売り方までちゃんと考えて、地域の色を出していかないといけないと痛感しました。その頃は、まだ作り手があまり表に出ちゃいけない時代。それでもやっとホームページを作ることができて、小物だけネットでも販売するようになり、いろんな出会いの中で地元の素材を使いたいというところに意識が向いていきました」。
特産品であるりんごを利用した
オリジナルブランド「りんご染め」
小岩井さんは、上田紬の伝統を守りつつも、時代の変化に対応するために新しい取り組みに挑戦しています。地元の特産品であるりんごを利用した染め物「りんご染め」を開発し、上田紬に新しい特徴をもたらしました。
「上田紬の特徴ってよく聞かれるんですけど、昔から言われているのは「丈夫な事」と「縞・格子柄」。ですがどこの紬も似たような特徴を持っています。じゃあ改めて、上田紬らしさってなんなんだろう?と常に自問自答していました」。
もう一つ、小岩井さんの想いにあったのが草木染めです。「草木染めとは野草や木々などで染める、いわゆる植物染料です。草木染めには明確な基準というものが設けられていないので、産地や織元によって基準がバラバラです。どの産地で作られたか分からないような商品になると、草木染めが1%でも入っていれば堂々と草木染めと謳って付加価値を付けて高く販売されていたりします」。
小岩井紬工房でも創業当時は草木染めに注力していたが、近年は化学染料が中心となっていました。 そんな中、小岩井さんは草木染めを復活させようと思い、地元の農家さんからいただいた、りんごやあんずなどの色々な草木を用いて試行錯誤を重ねました。
「信州上田の特産品である林檎に特化して色の違いを染め分けてデザインを作ったら上田紬にしか出来ない上田紬らしい特徴になるのではないか?と思い、「りんご染め」として創作するようになりました。りんごの草木染めをやっていくうちに同じ植物でも媒染や分量、そして採取した季節や場所でも色が変わる事を知り、1つの植物だけで色の違いが出せる事が分かりました」。
長野県オリジナルブランドのシナノゴールド、シナノスイート、秋映でも染めるようになります。地元の素材を活かした100%草木染め。そして地域との連携を大切にし、伝統を守りながらも新しい上田紬の可能性を広げています。
「時代に合わせて伝統工芸も変化していく必要っていうのは、もちろんあると思うんですけど、伝統工芸って地域に根ざしたもの作りじゃないですか。これからも上田らしさにこだわって、上田紬の価値を高めたい」と小岩井さん。ワークショップやYouTube、アパレルメーカーとのコラボ商品などを通じて伝統工芸を発信し続け、地域との結びつきも大切にしています。
取材・撮影:山田 純也