巨匠が生んだ、江戸から続く伝統的工芸品「香川漆器」
香川県高松市で営まれる漆器工房「中田漆木」は、この地に古くから伝わる伝統技法を用いて、豊かな色彩の漆器製品を手掛けています。漆の塗装だけでなく、木地から一貫して製作するのも特徴で、使い手が親しみやすい商品作りにご家族で挑戦されています。
江戸時代に始まり、高松藩主松平家によって振興された文化の一つに「香川漆器」が挙げられます。座卓や盆、皿などの生活用品から、飾り棚に至るまで幅広い用途で愛されてきました。香川漆器の祖・玉楮象谷(たまかじぞうこく)や後藤太平(ごとうたへい)などの巨匠が編み出した5つの伝統技法である「 蒟醤(きんま)」「 存清(ぞんせい)」「 彫漆(ちょうしつ)」「 後藤塗(ごとうぬり)」「 象谷塗(ぞうこくぬり)」が国の伝統的工芸品に指定され、現在も職人や伝統工芸士たちによって伝承・研究が続けられています。
箸を一膳塗るのにも、一週間以上かけて塗りと乾燥を何度も繰り返し、美しい色合いと丈夫な塗膜に仕上げられていくため、手間のかかった価値ある逸品になります。
時代の波を生き抜く、木地作りとの二刀流
祖父の代から80年以上続く漆器工房に生まれた中田陽平さん。父親の充さんが大きな材木を巧みに加工し、漆を塗る、そんな背中を見て育ちました。家業に就いてからも職人として作品を作っていくだけではなく「香川県漆芸研究所」に入り、さらなる高みを目指して伝統技法の研鑽に励んだそうです。以降、家業だけではなく作品展などの出展歴を持ち、香川漆器の振興に幅広くチャレンジされています。
香川漆器はかつて、座卓をはじめ日本でも屈指の生産量を誇っていました。中田漆木においても、木彫や加工された木地に後藤塗や象谷塗の技法で漆を施すなど、下請けの職人仕事をメインにしていました。しかし景気が下降していく90年代を境に、徐々に下請けとしての仕事量は減っていきます。
そんな状況を打開するため、木工が得意な父親の充さんは、何か新しいものを作ってはクラフト展などへ出展、受賞などを狙っていました。試行錯誤の甲斐もあり、その後10年ほどは家具などの大きな作品を中心に製作する時期があったそうです。自社で木材を加工して漆も塗る、まさに二刀流のようなスタイルです。
そのため中田漆木の工房裏は、加工場も兼ねた木材のバックヤードとなっています。幅広に切られた大きなヒノキや、長い竹が所狭しと寝かされ、サンダーなどの大型加工機が設置されています。
ここだけ見れば一般的な漆塗りの工房とは思えないほど、木材を扱う部屋として特化されているようでした。この部屋の存在こそがまさに中田漆木の特徴です。
もちろん陽平さんも、今では木地作りから塗りの作業まで一連の工程を担っています。加工がしやすい正直な木があれば、風合いは面白いのに全く言うことを聞かないような木に出会うこともあり、まさに木材の声を聴くように様々な材質の木と向き合いながら、日々木地作りにも取り組んでいます。
木地作りから漆塗りまで一貫した工程というのは県内でも珍しく、この手法を通して新しいアイデアに辿り着くこともあるそうです。
「父はどういうものを作ればその時代のニーズに合うのかを、ずっと考えて商品作りをやってきた人なんです」
今は陽平さん自身が新しい商品を模索する中で、身近に相談できる人がいるというのはとてもありがたいと感じているそうです。師匠であり父親でもある、そんな家族経営ならではの独特な関係であるからこそ、新しい商品のアイデアが芽生える良い環境になっているように思えます。
日本の誇る高級石材「庵治石」との関わり
中田漆木には一風変わったアプローチの商品があります。それが石の粉を表面に施した「石地塗」です。香川県庵治地区には「庵治石」という石材が産出されます。日本三大火崗岩の一つとしても知られ、火崗岩のダイヤと呼ばれていて世界的にも高く評価されている高級な石材です。きめの細かい美しい地肌でありながら、様々な加工に耐えられる材質を持ち、古くから墓石や灯篭などに重宝されてきました。
石材加工所から出る端材や不要な塊を砕いて粉にしたものを、漆が乾く前の皿にコーティングすることで、木製の皿がまさに石のようなマットな質感と肌触りに変身します。他の漆器の産地でも石地塗の製品を目にすることはありますが、同じ土地で栄えた漆器と石材が出会い、アップサイクルされるというのはかなり奇跡的に思えます。
地元にもこれだけ良いものがあるというのを知って欲しい、そのための話題作りを漆職人でも可能だということを示したい、そんな思いで陽平さんはこの皿を作っています。漆器も庵治石も、互いに長きにわたり香川を支えてきた地場産業なだけに、伝統の重みがより一層感じられる作品です。
伝統が集約された上で「より使ってもらいやすいものを」
中田漆木の商品を手に取ってみると、漆商品としての良さがよく伝わります。何度も丁寧に塗られ、仕上げられたことによる柔らかな肌触り。鮮やかでありながらもしっとりと落ち着いた色彩。毎日使っても飽きが来ないような愛着のわくデザインなど、様々な意匠が込められていることが商品の随所に伺えます。
また、皿や箸を手に取った際、ぴったりと手に収まるフィット感がありました。これはやはり、漆職人でありながら木地の材質と長年向き合い、使い手のことを日々考えて商品開発に励む中田漆木だからこそ成せる特徴です。
また陽平さんはこうも語っています。
「単に新しいものを作るだけなら簡単なのかもしれません。だけど、今までの良さが集約された上で、より使ってもらいやすいもの、そんなものづくりがしたいということを、僕は根底に持っているつもりです」
漆器といえば艶々と高級そうなイメージが一般的かもしれませんが、漆器の真価はむしろ普段使いの生活の中で体験できるのではないかと、中田漆木さんの理念を知ることで考えさせられました。漆器に触れたことのない方でも今後手に取るとすれば、中田漆木さんのお皿や竹箸のように素朴であたたかみのある物から始めると、自然と長く漆器のある暮らしが楽しめるのではないでしょうか。
取材・撮影:森下 大喜