京友禅の金彩技術で世界へ。創業余100年の老舗金彩工房
創業100余年、京都にある4代続く京手描友禅の小さな金彩工房・田中金彩工芸。生地を加飾する伝統的な技術を組み合わせながら、金・銀・プラチナなど多彩な色箔、金属・鉱物の粉などを使った美しい金彩を、着物はもちろん和紙や木材、ガラス、缶などさまざまな素材に装飾しています。
世界を周り、100年の歴史ある技術を受け継いで4代目に
初代・田中清治さんが糊置き職人から金彩職人として創業し、現在は4代目の田中栄人さんと、3代目の父、そして兄、事務仕事を務める母の家族4人できりもりしています。高校生の頃から家業を継ぐつもりだったという栄人さん。当時は稼ぎが厳しかったため両親に反対され、大学で日本画を専攻し城や寺社などの美術品を保存・維持する修復士を目指すことに。
しかし、子供の頃から自分で遊びを考えたり、説明書通りではなく自由にブロックを組み立てたりすることが好きだったため、復元の研修を受けている際にも「こんなふうに描いたら面白いのでは?」「ここはこんなふうにしたら?」と遊び心が出てしまい、すでにある襖や屏風絵などと全く同じものを描いて保存する仕事には向いていないと感じて断念。それと同時に、両親から「家を継ぐ気はあるのか」と聞かれ、認めてくれるならと家業を継ぐこととなりました。
日々、納期との戦いである職人の世界に入れば、なかなか旅行にも行けなくなると知っていたため、家業を継ぐ前にはお金を貯めてバックパッカーで3ヶ月の海外スケッチ旅行へ。帰国後、「瑞宝単光章」も叙勲された2代目で祖父の偉夫さんから金彩の技術を学びました。それから約10年が経ちますが、「10年でぺーぺーと言われる世界。ここから一生かけて向き合い、技術を磨いていくところ」だといいます。
さまざまな技法を組み合わせて多彩に表現
京友禅の中でも、最後の仕上げの工程のひとつである金彩工芸。金彩にはさまざまな技法があり、それらを組み合わせることで幅広い表現が可能となります。例えば、最初に学ぶものの最も難しい技法のひとつとされるのが、「筒描き」と呼ばれる金線描き。金を絞り出しながら線を描く技法です。筒の先に着けた先金からペースト状の金を絞り出しながら線を描いていく技法ですが、絞り加減や糊の粘度の調整、金・銀や着色料の調合によって線が変化するため、一生かけて力加減や線の強弱、動きなどを学ぶのだそう。
金や銀粉を糊と合わせてペースト状にしたり、振りかけて使う
金や銀粉を糊と合わせてペースト状にし、絞り出して加工する
そして祖父と父の代で編み出された、和紙の「もみ紙」のような表現方法。金箔を用いて行う技法「もみ箔」があります。これは薄く引き伸ばした真綿の上から箔を貼り、乾燥後に真綿を剥がすことで蜘蛛の巣状のような箔表現ができる技法です。田中金彩工芸で生まれ、今ではさまざまな工房で使われている技法ですが、真綿を使った型の作り方は門外不出。繊細な真綿は1度使うとダメになってしまうため、他では1回あたりの価格が高くなってしまうそうですが、田中金彩工芸では独自の製法で丈夫に仕上げているため何度も繰り返し使うことができるため、1回あたりの制作費用も抑えることができるのです。
ほかにも、伊勢型紙などを用いて生地に糊を刷り箔を貼ることで文様を写す「摺箔(すりはく)」、マスキングシートを彫る技術によって複雑な文様を表現できる「押し箔」、箔を振り落として接着させ霞がかったような表現ができる「振金」、糊の濃度でぼかしを表現する「箔ぼかし」などデザインや予算に合わせて使い分け、伝統的な柄からモダンなデザインまで表現しています。
京友禅の金彩技術を残すために挑戦を続ける
家業を継ぐ際に、これから着物だけでやっていくのは厳しいと考えていた栄人さん。コロナ禍により仕事が減ったことを機に、かねてから興味があった着物の生地意外への金彩に取り組んだといいます。木材や缶、そして最も難しかったというガラスなど、さまざまな素材に合わせた糊を使うことで、平面はもちろん立体物にも金彩が装飾できるようになりました。
これにより、現在では雛人形の木材で作った金屏風や版画、ガラスの表彰盾など、着物以外のマテリアルへの金彩の依頼も増えているそうで、「『これにも金彩ができる?』『こういうものをつくってみたい』『予算はこれくらいで』と相談してもらえれば、だいたいのことは実現できるようになりました」と胸を張って話してくれました。さらに、金彩に触れてみてほしいとの思いから、ハガキやトートバックに自分自身で金彩をことができるワークショップにも取り組まれています。
また最近では、ジャンク品の楽器を買い取って金彩を施したり、家具などインテリアへの金彩にも挑戦しているのだそう。「なかなか旅行に行けなくなったので、仕事で海外にいけるようになりたくて。そのためにも、海外でも評価されるようなインテリアへの金彩にも取り組んでいます。大きなものを扱うには狭い工房なので課題もありますが、従来とは異なる素材に自分の考えた金彩が綺麗にハマった時はすごく楽しくて。こんなものにも金彩ができるんだと、驚いてもらえるようなものも作っていきたい」と栄人さん。
最後に将来的には、伝統的な着物とそれ以外の素材への金彩を50%ずつ請け負えるようになりたいと語ってくれました。
「金彩の技法は、着物の技法しか使わないと決めているんです。それは、仕事が減ってこの技法が受け継がれなくなり、なくなることが嫌だからです。だからこそ、これからも伝統的な文化と共に残っていく着物はもちろん、それ以外への金彩の仕事もこなしていきたい。京友禅の技法を使うことで、仕事自体が無くならず技術も残していけるはず。技術を継承していくことで伝統を後世に伝えていくことができると思うので」
取材・文・撮影:大西健斗