習作から始まった
松本民芸家具の歩み
昭和23年に松本民芸家具が創業しました。松本の面々と続いてきた古くからの職人の技術や想いを未来に繋げるために、民芸運動から端を発して会社が始まり、その木工技術は400年を超えると言われています。「民芸」とは生活のなかで使われるためにモノが生み出され、その用に応じて磨かれてきた普段使いのための品々のことを言います。
松本民芸家具の歩みは、柳宗悦の提唱する民芸運動の一環として池田三四郎が民芸家具の製作を開始したことから始まります。
「僕たちの歴史の中でエポックメイキングな部分は、職人が自分たちで物を考えようとしなかったこと。 最初は自分たちの想像で創作して作ったんだけど、大したものができなかったんですね。そのうちに民藝の大先生方から色々教わる。それでハッと職人たちは気が付くんですよ。 タンスやちゃぶ台ばっかり作って椅子なんか生活の中で使ってもこなかったような人たちが、いざ椅子なんか作ろうと思って絵を描いてみたところで、どうせロクなものはできんわと(笑)。だったらそのもう何百年の中で培われてきたものがもう現存してあるわけだから、そこから習う。習い仕事を始める。そうして松本民芸家具はスタートしました。」と和やかに話してくれたのは、松本民芸家具3代目の池田素民さん。
松本民芸家具の製品が常時400点あまり展示している中央民芸ショールーム
松本民芸家具の代表作として知られるウィンザーチェアやラッシチェア。それらは英国などの椅子を模範とした習作からスタートしました。そして現在、そのバリエーションは2000種を数えます。そのほとんどが今でも新しい感覚のものとして生活に使われています。
家具に宿る
日本らしさ
「例えばイギリスの18世紀のものと全く同じ形のモノを作ったとします。ですが消費者の人はちゃんとこれを見て和風な、日本の感じがするというわけですよ。でもその理由がわからないわけ。全く同じ形で作ってる。なんで和風なんだ、おかしいじゃねえかって話になる。創業者の三四郎でさえ、本当の意味で松本で生まれたウィンザーチェアを作ることは無理だと考えていた。ではなぜ消費者の人たちがこれを見た時に、松本家具だって認識するのか。それは日本の材料と日本の職人の手で作られた。主にこの2つなんです」。
独特なニュアンスを表現するために、図面はすべて手書きで引いている。
ラッカー塗装ですべて手塗りにて仕上げられる。幾重にも丁寧に塗り重ねられ、日本人にとって一番馴染み深い味わいある色味となる。
素材はミズメザクラを主要材として、欅、栃、楢などすべて日本国内産も木材が使用されています。特にミズメザクラは松本民芸家具の哲学を表現する重要な部分を担っています。加工が難しく入手も困難とされていますが、堅く、粘り強く、狂いにくい材質で、長年の使用に耐え、使い込むごとに美しくなり何世代にも渡って愛着を持って使い続けることができます。
人の手が生み出す
愛着のあるモノ
松本民芸家具は必ずしも機械化、経済効率のみの近代化を良しとせず、人間生活ともっとも密着している家具の性格そのものに着目して、人間不在のものにならぬよう可能な限り手仕事で製作しています。
「僕らが日常的にやっている仕事っていうのは、本当に日々変わらないことを淡々とやっていくわけですよね。決して状況的に何かすごくものづくりが楽しいわけでもなければ、ドラマチックな展開があるわけでもない。これが生活の糧ですから。でもモノを作るってことは、その淡々とやっていくことができるかどうかってことなんですよ。
だから自分たちの求めるモノを作る世界は、着々とそれをこなしていかなかったらそこへ到達できない。けどそれは憧れや技術といったものだけでは到底続くものではない。なんでかって言うと、モノを作ることは誰でもできることだし、誰でもやっていいことでその権利を誰も否定できないから。だからモノを作ることに対しては、誰しもがその表現は自由であるべきだし、自分もやっぱりそれは求めるもの。ただ、自分たちが作ったものは世の中の第三者の誰かが使ってもらうものですよね。使ってもらえなかったら全く意味がないわけなんですよ。ただモノを作っても。
じゃあ使ってもらえるためにどんなものを作るんだっていうことを考えていくと、例えばあまりに個性が強すぎるものもダメだし機械化された冷たい感じのものでもダメ。物に対して飽きてしまったら、せっかく作ったものでもやっぱり捨てられちゃう。仕方がないことかも知れないが、寂しいことですよね。じゃあ人が飽きないものを作るためにはどうしたらいいか。長い時間使っていただいた時に愛着がちゃんと出てくる、その人にとってかけがえのないようなモノになっていってもらえる、 そういうモノを作るにはどうしたらいいんだろうっていう。その答えの1つが、たくさん数を作る。毎日同じ仕事を繰り返すなんです」。
日々同じ仕事を繰り返す中で積み重なる
作り手の想い
「100個作ったら、100個同じ形にできるように。1000個作ったら、1000個同じ形にできるように。それはどういうことかっていうと、作る人の匂いを消すってこと。売り手の匂いを消すことが、実は使う人にとっては心地良さや愛着に繋がるのです。でも手仕事でありながら、作り手の匂いを消すということは、非常に難しいことですよね。
民衆的工芸品の価値を見出してくれたのが、柳先生です。その価値の中の1つには、日々同じ仕事を繰り返す。でも人っていうのはただ繰り返してるだけじゃないんだと。
そこには、もう少し綺麗に作ってあげよう、もう少し美しいものにしてあげよう、この材料にはこういう風に削ったらいいんじゃないか。ほんのわずかな想いや変化が積み重なっていくわけですよね。
そこに本当の意味での奇をてらわない美しさが宿るんです。
それを表現するには、1つや2つ作っただけではダメなんだって。昔の人たちの尊い仕事っていうのは、それを延々と続けてきたことによって生まれてきた。それが尊いであって日本の工芸が1番大切にしなければいけない部分なんです」。
日本の和家具と洋家具との本格的な結合。決して使い捨ての耐久消費財としてだけでなく、使う人それぞれが使い込むほどに昧わい深く、愛着をもって使うことができる数少ない本物の家具。時代を超えて新しく、しかしどこか懐かしい感覚を抱かせる。それが松本民芸家具です。
取材:山田 純也 撮影:後藤彩実