草木染めとの出会い、秋月の自然の中で染め上げる色
福岡県朝倉市秋月にある草木染め工房「夢細工」。
神戸出身の小室容久(こむろやすひさ)さんは、
40年前は東京で活躍していたカメラマンという異色の経歴の持ち主。
当時贔屓にしてもらっていた役者と訪れた工房で初めて草木染めに出会い、表情豊かで奥行き深い美しさに衝撃を受けたそうです。以来草木染めに魅せられ昭和59年に草木染めを始め、広告プロデューサーへの転身と共に、仕事の傍ら草木染めをする生活へ。
当初は東京で働きながら取り組んだが、金を物差しとして人や社会を測るような価値観に呑まれた自分への嫌悪感と、子どもには惑わされずに育ってほしいとの願いもあり拠点を地方へ移し、本格的に草木染めの道へ・・・。「田舎」「文化がある」「都会との接点がある」という点、水や植物などの豊かさに惚れ込み、縁もゆかりもない秋月の地を選び、平成4年より現工房を営まれています。
桜の名所である秋月では、美しい桜染めも叶います。
小枝から抽出した染料で染めますが、美しい色を出すためには、小枝の中からピンクの元を取り出す必要があります。桜の木・採取時期の選定も重要。自然に寄り添い暮らし、機微に触れることで最適解を見つけ目指した色に染められます。
また、都会での水道水での染色は、配管のわずかな鉄錆が影響する可能性を孕むが、秋月は良質で、多様な性質の水に恵まれています。軟水で優しく、硬水でパキっと鋭くなどと水を使い分け染め上げています。
化学と研究でアプローチする「100%天然由来の草木染め」
最初に目にした草木染めが大きく影響し、自然由来の草木染めにこだわっている夢細工。完全自然由来の工房は、全国に5件だけ。
自分で染めても最初に目にした草木染めの染め色にならないので、「化学染料なのでは」と疑われていた小室さん。偶然訪れた井伊直弼の記念館で目にした化学染料のまだない江戸時代の能衣装が、初めて出会った草木染めと全く同じ色だったので、化学染料ではなくまさしく100%自然由来なものだと納得し衝撃を受けられたそうです。小室さんの負けず嫌いの琴線に触れ、それからというもの偶発的ではなく、再現性の高い技術を目指し日々研究に励まれています。
現在得意とする桜染めも、当初は要領を得ず、一先ずオレンジに染めて、黄味を抜きピンク色にしていたとのこと。現在のように一度でピンクに染められるようになるまでの研究には約8年を費やしたそうです。仮説を立て、成分と作用を化学的につかみつつ、感覚的に再現していく理系的研究と微妙な色を感じる感性の組み合わせで、色を生み出しています。
カメラマンの経験も各所で活きています。カメラは、被写界深度・機械の特性・光学的な知識を踏まえて表現します。技術と感覚の融合を意識することは染色との共通点。銀塩フィルムの現像も化学的処理を要し、求める色にするために緻密に微調整をする。同じ感覚を染めでも駆使しています。
カメラマン時代師匠に、ガラス容器一つでも「コップ」「軽量カップ」「植木鉢」など捉え方、見せ方もちがうと教わったことも、草木染めに反映しています。レースに染める際には、”あの女性にこういうふうに着てもらったら綺麗だろうな・・・”はたまた、“あのお年寄りが着るとこんな風に素敵になるだろうな・・・”などと先を見据えて色を決めています。小室さんは、価値を捉えて、感じたことを表現することを大切にされています。
草木染はすすぎで染めると黄色、鉄媒染するとモスグリーン、アルカリ性にすると茶色などと同じ植物でも染め方で違う色になります。色の定着と発色の機能がある媒染剤、金属塩と呼ばれる様々な金属の錆などの使い方でも色を変えられるのです。代表的なものはアルミ媒染、鉄媒染など。
水、草木、媒染、布の動かし方、液の濃度、外気との温度差、染めの時間・・・様々な条件と作り手の感覚が複雑に絡み合い多彩な色が生み出されています。
夢細工は染めだけでなく、洋服から小物まで全てスタッフ達が手づくりしている
伝統を作る工房夢細工
一見どれも緑に見える草木も、染めでは多様な色を見せます。葉の緑も、小室さんには色とりどりに見えているそう。
“今日は赤いけど明日はもっと黄色いよ”と草木の声が聞こえてくるように、自然の声を聴き、植物が望む色を汲みひき出されています。
“僕たちの仕事は伝統をつなぐことではない。伝統を作ること。伝統は「NEW」の連続。アイデンティティを受け継ぎながら、時代にチャレンジしていく日々こそが伝統になっていくのだと思う。”と語る小室さん。
“まだやりたいことの1割しかできていない。桜染めをしているので、桜の大使もしたいし、桜の伝道師として世界中回りたい。他にもいろいろ。草木染めは女性を綺麗にすることができる。もっとみんなの笑顔が見たいし、幸せにしていきたい。”
夢細工では、今日も伝統を作り続けています。
取材:新 拓也 撮影:森下 大喜 文:下野 恵美子