創業190年の伝統と魂を受け継ぐ、おりん作り
南條工房の歴史を遡ると、天保10年(1839年)初代南條勘三郎が製作した囃子鉦(はやしがね)が最も古い作品として記録に残っており、現在は大船鉾保存会にて保管されています。当時京都では鋳物産業が盛んで、初代の工房でも神仏具用の鐘やおりんなどの鳴物を製作していました。
高度経済成長期になると、家庭用の仏壇がたくさんが売れ始め、それに伴い量産できるおりんの製造を求められるようになりました。5代目は長きに渡って培ってきた伝統技術や音色へのこだわりが強く、そのような量産型のおりんの製造を断り、鳴物を製造しない時期があったといいます。現在の社長である6代目が家業に従事するのを機に伝統的なおりん作りや鳴物の製造を再開しました。この頃から工房の拠点を伏見から宇治に移しています。
南條工房のおりんに使われる合金は佐波理(さはり)と呼ばれ、銅に錫を多量に含ませた青銅の一種です。古くは正倉院の宝物にも使われるような歴史ある合金ですが、研究熱心な5代目が独自の配合を追求し、試行錯誤を重ねた結果、より澄んだ音色で、心地の良い余韻を味わえる現在の南條工房のおりんが完成しました。
おりんの新たな可能性を追求する、新ブランド「LinNe」
2019年に立ち上げた「LinNe」は、佐波理おりんの音色をもっと身近に自由に楽しんでほしいという思いからできました。仏具として静謐な印象を持つ同社のおりんが、くみひもをあしらった可愛らしい見た目へと見事にアップデートされています。また優しく振ることで美しく伸びやかな音色が響く仕様やコンパクトで手軽に持ち運びできるため、日々の暮らしのさまざまなシーンの中でおりんの音色でちょっと豊かな時間を楽しめるのが特徴となっています。
おりんは、そもそもの仏具の用途を想定して作られていますが、新しく作った「LinNe」は利用者にフィットした音色の楽しみ方を見つけてもらうため、用途を限定していません。だからこそ、「LinNe」のブランド展開は様々なヒアリングによって支えられています。ヨガや瞑想をはじめ、ちょっとした休憩時のコンディショニングとして鳴らしたり、山登りの熊よけとして。また寺院用の調律したおりんをつくる調律加工技術から楽器としての音階調律と用途が生まれ、その音色をサンプリングしてタブレットで自由に鳴らすワークショップが実店舗で行われたこともあります。
ファクトリーショップで音色を視聴。工房が見学できるブースも人気
さらに南條工房では、実際に「LinNe」を手に取って聴いてもらう場として、工房横にファクトリーショップ「LinNe STUDIO」を設けています。こちらは予約制で、商品の音色を試せるだけでなく、加工の様子を間近に見学できるブースを併設。日本人だけでなく、海外からのツアー客も受け入れ可能で、商品の体験と伝統工芸としての発信が同時にできる、魅力的なスペースとなっています。
「LinNe」は製造の際、最終的に音色を厳密な検品し、理想の音色を追及しています。創業200年近い老舗でありながらも、単なる仏具工房の枠に収まらず、品質へのこだわりを貫きながら、国内外問わず新たな出会いを大切にしています。そのスタイルが身を結び、ブランド開始から4年にして、有名百貨店でのポップアップを複数開催、様々な業種とのコラボレーションを実現するなど、多くの評価を受けています。必ずしも生活必需品とはいえない商品を扱いながらも、現代の隠れたニーズに自然と好かれていく事業展開は、おりんの音色のように、明るく伸びやかに持続する将来性を感じさせてくれます。
ちなみに今回、我々のインタビューをご多忙の中受け入れていただいたのは、南條和哉さん(次期7代目)。取材中、度々どこからともなくおりんの涼やかな音が聴こえてくると思っていたら、どうやら南條さんが「LinNe」の音を携帯電話の着信音に設定していて、メールと電話の際にはこの音が鳴ると、取材の合間に教えてくれました。ご本人は「生で聴いた方が断然いい音ですよ(笑)」と話していましたが、着信音にするほど、自社製品への愛着を感じさせる一幕でした。
取材・撮影:森下 大喜