現代の暮らしに寄り添う、使いやすい大館曲げわっぱ
秋田県・大館市で、国指定の伝統工芸品である大館曲げわっぱをつくっている老舗栗久。美しい木目と杉の香りが特徴で、保温・保湿性に優れた曲げわっぱは古くから日本の暮らしを支えてきました。栗久では、伝統の技術を活かしながら現代の暮らしに合わせた、使いやすく、日々の暮らしのさまざまなシーンで活躍する新しい商品をつくり続けています。
400年以上の伝統と現代の技術を掛け合わせた商品づくり
木こりが杉の生木を曲げ、桜皮のひもで縫い止めて工夫した手製の弁当箱が始まりだとされる曲げわっぱ。400年前の慶長年間に武士の手内職として発達し、現在に受け継がれてきました。
栗久6代目の伝統工芸士である栗盛俊二さんは、樺細工職人であった父の影響を受け、家業を継ぐ覚悟で秋田県能代工業高校の工芸科に入学。学んだ理論を活かし、大館市の特産品である曲げわっぱを絶やさないために、栗久での曲げわっぱ作りをスタート。尊敬する父と共に製品開発に励んできました。業界では初の木工機械を導入をしたことでも知られ、これまでより多くの商品の生産に成功しています。
例えば、薄い杉板を曲げ、その接着面をカンナで削る作業(木取り)はこれまで1日200枚程度しか難しかったにもかかわらず、若い頃の栗盛さんは「この作業だけで一生終わってしまうかもしれない」と思い、工業高校の経験を活かして「もっと効率よく数をつくるにはどうするべきか」と考えた末に木工機械の面取盤を導入。これにより1時間で200枚つくれるようになりました。また、機械を導入したことで、これまでになかったデザインの商品を作れるようになったといいます。
しかし、曲げわっぱづくりにおける要の作業「曲げ加工」は職人の手でしかできません。素材となる木は全く同じものはないため、その木によって曲げる加減を変えなければならないため、職人の経験と感覚が頼りとなるからです。
断熱・保湿性に優れた秋田杉を使用
栗久の使用する木は、まっすぐで美しい柾目(まさめ/直線的な木目)が特徴の秋田杉。秋田県北部の白神山地、米代川流域の森で育ち「日本三大美林」に数えられる秋田杉は、「断熱性」と「吸湿性」に優れ、煮沸によって「しなやか」に曲がります。また、厳しい寒さに耐えて育つことで年輪が引き締まっていて、木目が細かく伸縮が少ないため、狂いが小さく、耐久性に優れた点も良質な木材として重宝されています。
曲げわっぱの材料として使えるようになるのは、樹齢180〜200年のもの(300年くらいの木がベスト)で、若い杉だと木幅が荒いので、理想とするものがつくれないないのだそう。
グッドデザイン賞を多数受賞、今までにない曲げわっぱづくり
秋田県で最初のグッドデザイン賞となった「角盆」のほか、栗久では17点の曲げわっぱ製品で受賞しています。中でもひときわ機能性に優れ、人気の商品であるおひつには、手入れがしやすい栗久独自の積層構造が採用されています。
これは、栗久でもおひつをつくり始めた頃、催事でよく売れたものの翌年に購入者から「おひつの内側の隅が真っ黒で、どうすればよいか」と相談されたことがキッカケとなり生まれました。おひつの構造上、内底の角が直角になっているためご飯が詰まったり、乾きにくく汚れが溜まりやすいことが原因でした。「これでは栗久の名前では出せない」と試行錯誤の結果、リングを階段状に3段重ねて削り、隅が丸くなる滑らかなアールをつくることに成功。これによりご飯がよそいやすくなり、洗いやすく、乾きやすくなったことで手入れがしやすいと大絶賛されました。
ほかにも、2019年には曲げわっぱの技術を活かしたワインクーラーでグッドデザイン賞を受賞。円錐型が特徴で、板材を2枚合わせて厚みを出すことで、秋田杉の断熱・保温性を最大限に発揮。冷たいものは冷たいままで氷も溶けにくく、結露しないためテーブルが濡れないように工夫されています。これは、大館の曲げわっぱを現代風にアレンジしようと在来品の改良に向けてプロジェクトを進めていたところ、栗盛さんの奥さまから「利便性が高いものでないと」と言われてハッとしたことがキッカケに。そこから全く新しいものをつくるため、これまでなかった円錐型のものに着手。円錐形に曲げる加工は難しかったためこれまでつくられてきませんでしたが、理想の機能と熟練の技法を掛け合わせて誕生しました。
さらには、曲げわっぱの整形用の型が高価であることに着目し、骨折した際につけるギプスからヒントを得て、同じ素材を使って低価格で型をつくることに成功するなど、道具づくりにもづくりにも栗盛さんのアイディアが存分に発揮されて
2019年にグッドデザイン賞を受賞したワインクーラー
新しい商品づくりのために、栗盛さんの手で新たな道具を自らつくる
お客様の理想を叶えるまで、どれだけ失敗が続いてもつくり続ける
数々の発明品があるものの「失敗ばかりで、実際に今も使えているものは一部に過ぎない」と栗盛さん。しかし、スタッフにも「失敗してもいいんだよ。その分、自分の力になるし、次に生かせばいいんだから」と教えているのだそう。「失敗することを悔やむな。いい経験したと思え」の考え方で、「現代のお母さんたちが求めてることが、ものづくりのヒントになっている。お客さんが喜ぶまで失敗を繰り返しながら、どれだけ時間がかかってもやり遂げる」と話してくれました。
2022年には、フランスの産業見本市「シアル・パリ」に参加し、初めてヨーロッパで出展。世界中のバイヤーに「日本にこんなものがあったの!」と高い評価を受けました。「これからは欧米にも進出し、世界の人たちに曲げわっぱを使ってもらい、喜んでもらえるものをつくりつづけたい」(栗盛)
取材:新 拓也 撮影:森下 大喜 文:大西 健斗