平安後期から現代まで、暮らしに寄り添ってきた秋田杉の
桶樽
木目のやさしい手触りや杉の香り、伸縮が少なく強い耐久性が魅力で、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されている天然秋田杉の桶樽。北秋田市に工房を構える「桶樽工房 あき」では、この道40年の職人・佐藤秋男さんが、今では希少な天然秋田杉桶樽をひとつひとつ手づくりしています。
秋田杉を使った桶樽の歴史は古く、秋田城から平安後期と推定される桶と樽の底板、取
手類が発掘され見つかっています。江戸時代には、藩の保護と奨励のもと県内の桶屋によって大量に生産されていた記録があり、その後も秋田の桶や樽は頑丈さが人気となり、明治から大正にかけてはご飯を入れるおひつ、家庭用の洗濯用のたらい、酒樽・醤油樽や漬物桶、すし桶などの需要が増加しました。
会社をやめて、三十代で桶樽職人に転身
そんな歴史ある、天然秋田杉桶樽を今もつくり続けている職人・佐藤秋男さんですが、かつては建設会社で働いていました。とある日、出張の帰りに賑やかな桶屋で酒樽をつくっている工房をたまたま見かけ、気になってしばしば覗いていたといいます。すると、その工房の社長さんと話すようになり、後継者不足について知りました。
当時、佐藤さんは31歳で、社長さんから「やってみないか」と誘われたものの勤めていた会社ではしっかりと給料も受け取っていたため断ることに。しかし、30代半ばで考え方が変わり、職人も悪くないかと、一念発起して桶樽の世界に飛び込みました。それから65歳で独立して、この道40年。今では国家認定資格である「伝統工芸士」に認定され、後継者へと技術を受け継ぐ立場になりました。
“正直”でないとつくれない、滑らかな機能美
桶樽の製作は、丸太を短冊状にした、断面の木目が真っ直ぐの柾目(まさめ)と、曲線まじりの板目(いため)の板材・榑(くれ)をつくることから始まります。この榑を銑(せん)という刃物で表裏を削ったあと、外側と内側を正直(しょうじき)というカンナで曲線に削り出し、輪のように立てて固定。最後に底板や竹で編んだタガをつけて締め込み、表面を仕上げて完成します。
桶樽づくりの数ある工程の中でも、正直で曲線に削り出すところが最も重要で、ここがうまくいかないと外側や内側に隙間ができてしまうのです。「道具の名前の通り精神的にも正直にならないとつくれない。ほかに考えごとなどしてしまうと、うまくいかなかったりする」と佐藤さん。この工程により榑と榑が隙間なく組み合わさった、滑らかな桶樽が生まれています。
使用する道具についても、オーダーのあったサイズや形に合わせてイチからつくらなければならないため、道具もつくれないと職人として要望に応じた桶樽をつくれないといいます。
桶樽づくりのノウハウを生かした新しいものづくりに挑戦
材料となる木材は、日本三大美林に数えられる天然の秋田杉を使用。樹齢250年以上のものが天然秋田杉に指定されています。天然の秋田杉は、手に取りやすい軽さと、年輪にそった細かく美しい木目が特徴です。
しかし、近年では自然保護の観点から天然の秋田杉は伐採が禁止されているため、めったに手に入らなくなりました。大きな製造会社などでは樹齢80~100年ほどの造林杉で代用することもありますが、造林杉は硬くて加工しづらい難点があります。そこで佐藤さんは、秋田杉に頼らず、朴の木(ほうのき)や楢の木、桜の木などさまざまな木の特
徴を見極めながら、商品作りを試行錯誤することに。
試作している独特な香りが特徴の楢の木を使ったウイスキー専用カップもそのひとつで、同じ広葉樹のミズナラ樽で熟成させたウイスキーもあるため、楢の木なら専用カップとして合うのではないかと思いついたそう。そのほかにも、桶や樽を固めるための竹製の輪のタガを、赤や金に塗った商品を試作して販売したところ台湾の人たちからの評判がよかったため、海外向けの商品開発も模索しているそうです。
「もっともっと新しいものを生み出したい」進化を続ける
ものづくりの精神
常に「お客さんがどう使ってくれるか?」を念頭に樽桶をつくっているという佐藤さん。どんなことでも物づくりのアイディアになるかもしれないと、どんな時でもアンテナを張り、お客さんからの要望を軸に新しい商品やバリエーションを増やし続けています。
「先日、天然杉に比べると木の目が粗いコップを使ったというお客さんから、『もっと目の細かい木で作れませんか?』とご要望をいただきました。そこで樹齢250年以上の天然杉で作ったコップを届けたところすごく喜んでくださって……お手紙までいただきました。その時、本当にうれしくて『俺のやってることは、間違ってないんだな』と思うことができました」
「これまでもそうして、お客さんからの要望を叶えられるように製品づくりをしてきたからこそ、自分自身も、技術も進化し続けることができたと思います。こんなことをやりたいというストックはまだまだたくさんありますし、従来の考え方や型から抜け出して変えていきたいという思いもあります。今後も試作している商品を完成させたり、もっともっと新しいものを生み出し続けたい」と、未来への想いを話してくれました。
取材:新 拓也 撮影:森下 大喜 文:大西 健斗