京都で創業100年余、伝統を守りながら職人が座布団を手作り
京都・五条の洛中で創業100年余になる「洛中髙岡屋」では、座布団や布団などの暮らしに寄り添う寛ぎ(くつろぎ)の道具「寛具(かんぐ)」を、今も伝統の技を生かしてひとつひとつ職人が手作業で仕立てています。
創業当時の大正8年(1919年)頃は、有力な呉服商が百貨店への道を進みはじめ、布団も着物と同様に、生地を選び仕立てる販売方法が一般的とのことでした。しかし百貨店への転換が進むにつれ、製品を陳列する既製品販売へと移行し、現在の代表・髙岡幸一郎さんの祖父は、京都大丸の布団の加工所として髙岡商店を創業。現在の会社は、髙岡さんの父が1961年に設立しました。
戦後からの西洋一辺倒の暮らしで、布団や座布団の需要が落ち込みましたが、20世紀終盤になると「本当に快適で感性豊かなライフスタイルがどういうものか」と見直されるように。こうした時代の流れの中で、髙岡は培った布団や座布団づくりの伝統と技を用いて、日本人らしい感性豊かで快適なライフスタイルを追求した新たなる和「モダン和」スタイルを提案。1999年には座布団をキーアイテムに職人の手仕事によって、楽に座れる寛ぎを提供する「洛中髙岡屋」ブランドを新たに発表し、現代の生活に馴染む新しい商品づくりにも取り組むようになりました。
楽に座る、寛ぐために生まれた新しい「寛具」
「洛中髙岡屋」では、「人々が心から寛ぎ、やわらかな笑顔になれますように」と想いを込めた、寛ぐ道具を「寛具」(かんぐ)と名付け商品を制作しています。これは、現代表・髙岡幸一郎さんが1980年に勤めていた商社を退社し、家業を継ぐことになり改めて座布団と向き合い、新たに生み出した言葉です。
座布団の市場は会社設立当初に比べると、日本人のライフスタイルが洋風化したことで、長く床に座る機会が減ったため大幅に縮小傾向にありました。だからこそ、髙岡屋の強みである「職人の美しい手仕事を軸に、新しいものづくりをはじめたい」と考えた髙岡さん。
そこで自身が座布団を使っていた記憶をたどってみると、幼少期にテレビを見るため座布団を3枚程並べて横になっては、よく怒られていたことを思い出したそう。「座る」ためでなく、「寛ぐ」ために座布団を使っていたことからヒントを得て、布団でも座具でもない、寛ぐための道具としての新しい代名詞「寛具」が生まれました。今では「座布団3枚分の寝心地」をコンセプトにした「Gorone ごろ寝」 シリーズや赤ちゃんのお昼寝やオムツ替えに最適な直径約100cmの丸い「せんべい座布団」など、今までにない寛ぎが得られる商品が続々と誕生しています。
ラグジュアリーホテルも採用している、人気商品「おじゃみ座布団」
中でも人気のシリーズが、関西でお手玉を意味する言葉が由来となった「おじゃみ座布団」です。これは床に座ることが苦手な人でも、お尻を上げると比較的に楽に座れるということ。そして、ただの丸い座布団ではなく、子供の頃よく遊んだお手玉のようなデザインのアイディアが掛け合わさって生まれました。しかし、これまで布団や座布団のように平らなものをつくってきたため、お手玉のような立方体に綿を均等に入れる作業が難しく、当初はなかなか上手くつくれなかったそう。試行錯誤を重ねること1年、髙岡の技術を結集してようやく八角形のフォルムの見た目も綺麗で楽に座れる座布団が完成しました。
「おじゃみ座布団」は床座はもちろん、背あてとして椅子座もラクになる優れもので、ベッドやソファのクッションとしても使うことができます。フォルムだけでなく、4枚の布を好みの色・柄で組み合わすデザイン性もあり和室・洋室問わず、様々なお部屋やインテリアにぴったりで、最近ではラグジュアリーホテルの客室を彩るアイテムとしても採用されています。
経験と知識が豊富な職人が生み出す、座り心地と美しい形
おじゃみ座布団には、肌掛け布団約1枚分ものわたが、職人の技で入れられています。このわたを入れる「わた入れ」という工程が重要で、デコボコにならないよう張りを保ち、座りやすく、きれいな形状にわたを重ねて入れるのがとても難しいのだといいます。中心部に厚く綿を入れつつも凹まず、きれいに平らにすることで、使い込んでも座りやすい座布団になります。
綿の配合率は、老舗百貨店と合成繊維メーカーが共同で開発して以来、50年以上「綿70%・ポリエステル30%」の比率を守り続けています。ポリエステルが登場するまでは綿100%の布団が主流でした。しかし重くなってしまうため、研究を重ねた結果、現在の比率にたどりつき、軽くすることに成功。綿わたの程よい硬さとポリエステルわたのふっくらした風合いを合わせ持つミックスわたが誕生しました。さらにわたのヘタリを和らげるために、開発した特殊なウレタンを中芯に採用しています。特別なミックスわたと中芯、そして職人のわた入れ技術が、端正なフォルムと座り心地がよい機能性を生み出しています。
また、縫い目が表に出ないように縫い合わせる和裁の技術「絎け」も美しい座布団には欠かせません。素材にあった縫製方法を見極める知識が必要なため、多様な生地を扱ってきた経験と素材の特性を知っている職人による、手仕事がなせる技です。
生地は、ひとりひとりのライフスタイルに合わせて50種類以上の色柄から選ぶことができるオーダーメイドを採用しています。普通のプリントでは出せない独特の趣で仕上げる「むら染め」をはじめ多彩な生地がそろい、1,000通り以上の組み合わせから自分だけのお気に入りをつくることができます。
おじゃみ座布団の中に入っている肌掛け布団約1枚分ものわた
日本の寛ぎが、いつか世界のスタンダードに
髙岡の商品は、大半を自社工房で制作しているため限られた量しか生産することができません。「ものづくりに興味を持つ若い人がまだ多くはありませんが、ものづくりが好きで、一緒にくつろぎの和を広げていけるような商売ができれば」と髙岡さん。
また、これまで日本は海外の文化にたよらず、独自のスタイルに発展させてきた歴史があります。これからはこの独自の日本の文化を海外にも発信させることができるのではないかと考えているといいます。
たとえば、日本人の文化として玄関で靴を脱いで生活するスタイルが、今ではヨーロッパの人たちにも取り入れられつつあります。まだまだ海外では、床に寝転がる文化が根付いていませんが、いつか座布団を使って横になったり、寛ぐ生活が自然になるかもしれません。髙岡さんは、海外の人にも「床で寛ぐのもいいな」と思ってもらえるようなキッカケを「寛具」を通して提供していきたいと教えてくれました。
今も新しいデザインの「寛具」づくりに挑戦し続けている「洛中髙岡屋」。今までにない寛ぎ体験で、世界のライフスタイルを変える日もそう遠くないかもしれません。
取材:新 拓也 撮影:森下 大喜 文:大西 健斗